2014.08.31 Sunday

ありがとう夏休み

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    夏が終わろうとしています。

    「ひと雨ごとに秋が深まる」なんて言うけど、今年は「ひと雨ですっかり秋」。
    もう少しゆっくり涼しくなってくれてもいいのに、地上に出られず仕舞いの蝉もいただろう。

    「夏休みは大変!」

    っていうお母さんが多いけど、私はそうは思わない。

    イベントイベント、って企画しなくてもこども達は勝手に遊んでてくれるし、自分もこどもの頃それで楽しかったし、

    って思うのはサービス精神が足りないのかな。

    たっぷり時間があるから普段できないことができるし、時間に縛られなくてよいのが幸せ。

    でもこう思うのは私が本格的に仕事をはじめていないからで、
    働きながら夏休みのこども達と一緒の時間を過ごすのは大変だよね。

    学校がはじまるとやっぱりほっとします。


    だけど今年の夏休みは本当にたくさんのことをしました。

    娘のはじめてのバレエコンクールにはじまり(賞をいただきました!)、

    はじめてのスイミング、夏祭り。

    そして北海道!



    一週間で道北から札幌までぐるりと巡る素晴らしい旅。
    いくつもの美しい湖を見て、知床の自然に触れることが出来たのはとても貴重な体験でした。
    自然はやっぱり心を解き放ってくれる。

    その昔、妹とふたり青春18きっぷで旅したことも懐かしく思い出しながら。

    でも実はこの旅には、もっと大切なテーマがありました。

    こどもの頃北海道で暮らしたことのある夫。
    今年喜寿を迎えるその父、そして母と一緒に、慣れ親しんだ土地を旅したい。

    そしてお世話になった方々に会いに行く。

    行く先々で再会が果たされる度、私もとても幸せな気持ちになりました。

    ひとのつながりっていいな。
    遠くに住む友達に会えるって、なんて幸せなことなんだろう。
    人生の喜びだなって。

    私もいつかこんな風に旅がしたい。

    それにしても今回の旅、大人数であんなに長い距離を移動して本当にたくさんの場所を周ったのに、
    行く先々の宿に着いたらお風呂に入ってもまだ七時前、その後ゆっくり夕ご飯をいただけたのです。

    普段は「もっとのんびりしようよ。」って喧嘩にもなってしまう私達ですが、
    あらためて夫の時間に対する感覚とまとめあげる力をすごいなと思いました。

    私にはとうていできない業です。
    ただ車の後部座席に座って、ねむたくなったら居眠りをして、美味しいものをいただいて、こんなに美しい景色を見せてくれて。
    なんて贅沢なのだろう。。
    ありがたいです。

    やっぱり彼は遊びの天才だ。

    夜は海の幸と日本酒で、毎晩ぽ〜っとしてました。
    たまにはお昼にも。

    まだ動くウニをスプーンで。
    天然の鮭はやっぱり美味しい。
    アブラガレイの塩鍋、最高!

    でもでも、なんと言っても私が一番美味しくて、今も恋しく思い出すのは、
    旭川の居酒屋さんでいただいた「インカのめざめ」の素揚げ、じゃがいもです。
    そして北海道野菜のバーニャカウダーに出てきた、紫色の生のオクラとマッシュルーム。

    愛情込めてつくられたお野菜ほど美味しいものはない!
    つくづく自分の味覚やからだは素朴に出来てるんだな、って思いました。


    北海道から帰ったらすぐ、今度は私の実家に帰りました。
    こども達を連れて、久しぶりにのんびり。
    腰の圧迫骨折をしてしまい、三ヶ月寝ていなければいけなかった母と、
    思いがけず一緒にお出かけが出来たのが嬉しかった。

    健康って本当にありがたいこと。
    からだは何より大切にしたいです。

    そして間をおかずに今度はキャンプ!
    恒例の富士本栖湖。
    (私はほんとは行った事ない場所に行きたいのだけど!小声。)
    でも今回はこれまでで一番いい場所にテントを張ることが出来ました。
    湖が見下ろせて、木陰で涼しくて。
    キャンプでこども達はますます逞しくなります。


    これをして、あれをして、次はこれをしてね、って、
    今回はなんだか子供の作文みたいになってしましました。
    たくさんの経験をひとつにまとめようとするからいけないのね。

    かたちになるものは何も残らなかったけど、思い出がたくさん出来た夏休み。

    「ああ楽しかった」っていう経験、こども達とたくさん出来ました。

    それが今いちばんやりたいこと。

    自立心が強い娘達、思った以上に早くこの手をはなれてしまいそうだから、
    一緒の時間を大切にしたいな、って思います。
    だって次女なんて二歳の時から、「はやくひとりぐらしがしたい。」なんて言うんです。
    なんでも自分でやりたい、ってことみたいです。


    そういえば、かたちに残るものもありました。

    長女は自由研究をとてもがんばりました。
    はじめて、ただ絵を描く、工作する、のではない「研究」らしい研究。
    不思議に思ったことを突き詰めて行くこと、それをまとめて仕上げていく作業。
    答えはきちんと出なかったかもしれないけど、それに向き合い集中した時間は、
    彼女にとってまたひとつ大切な経験だったと思います。


    気がつけば遠くで蝉が鳴いています。
    今日は少しだけ、夏の名残り。

    夫とこども達は今日も本栖湖でキャンプです。

    2014.05.11 Sunday

    またまたプライベートなことだけど

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      去年は父のことを書いたから、今年は母の事を書いてみる。

       誰でも皆、心に残る「母の味」というものを持っているのかな。

       私の場合はそれは「いつも違う味」。
       母の煮物は毎回煮え具合も、味の染み込み加減も違っていた。
       たいがいはすごく薄味で。
       でもいつか会津かどこかへ遊びに行ったとき、タッパーに入れて持って行ってくれた「じゃがいもの煮物」は忘れられないな。
       煮崩れなく味が染み込んで、もっともっと食べたかった。

       ハンバーグは小さくてコロコロしていて、いつもちょっと焦げていて。
       それでもやっぱりハンバーグの日は特別。
       チーズがのってる日はもっと特別!

       一度一緒にパン作りをしたことがあって、それがすごく楽しくて美味しくて、
       「またつくろうね。」
       「いつかね。」
       「またつくろうね。」
       「いつかね。」
       っていい続けて、結局それ一度きり。
       だから余計に記憶に残ってる。

       とにかく私の目に映る母は、お料理は苦手でした。
       「あー、今晩何作ろ。。」っていつも悩んでた。

       親元を離れて「お料理が楽しい。」っていう価値観があることに、すごく驚いた。
       そのことを母に言うと、「え、お母さん、お料理好きなんだけどな〜。」というからもっと驚いた。


       そして家の中もそんな感じで、書類などが実用的に積まれているような。。
       お友達の家の美しさにもまた驚いた。


       今それは私に脈々と受け継がれて、
       「お母さん、もっとちゃんと教えてくれたらよかったのに〜」って思いつつ、
       「お母さんも、大変だったんだな。。」って感謝しながら日々家のことをしている。

       私がお祝い事や行事の時ぐらいはとご馳走を作ったり、
       チョコづくりは毎年かならず子供達と一緒にしようと心に決めているのは、半ば反面教師的で、
       娘達に少しでも日々の暮らしを楽しんで過ごせるようになって欲しいから。
       だけどやっぱり私もまだまだ「お料理が好き」とは言えないなあ。

       誰かが作ってくれたご飯をいただくのはこの上ない幸せです。



       そんな私の母の得意なことは、「お金勘定」。
       こんな風に書くとすごいけれど。

       母はとにかく「数字」に強い。

       結婚前は大手企業の厚生課で経理を任され、
       こどもが生まれてからはずっとそろばんの先生をしていた。
       私たちが大きくなるとあちこちで事務のお仕事をしてくれた。

       母の生活には無駄がなく、
       私たち兄妹は母のことを「かしこい消費者」と呼んでいた。

       ただひとつ、ある日家にやってきたおじさんから木彫りの七福神を買ってしまったことだけが不思議なのだけど、
       あれはもしかしたら父の仕業だったのか。

       ともあれ私たち兄妹三人もが大学に行きそれぞれひとり暮らしまでさせてもらえたのは、
       父ががんばってくれたことはもちろん、母の采配によるところが大きかったと思う。

       その血が少しでも私に受け継がれていたらと思うけど、こちらはなかなか、がんばりたいところです。



       そしてなんといっても、母のこと、誰より尊敬しているところがある。

       私は母の口から、今まで一度も誰かのことを悪く言うのをきいたことがない。
       身近な人も、遠くの人も、不平やうわさ話さえも。
       本当に、ただの一度も。

       いつだったか小学生の頃、学校から帰った私は意気揚々と先生の悪口を言ったことがあった。
       もう内容も覚えていないけれど、友達同志で得意気に批判するような軽い気持ちで。

       そうしたら母はぴしゃりと言った。
       「加苗はそういう話をしたいのかもしれないけれど、お母さんは一緒になってそんな話をしたりしないからね。」

       私はすごくおどろいて、すごく恥ずかしいような気持ちになった。
       その時からずっと、そのことを意識するようになった。

       それは母の美意識だったのだと思う。

       生きていれば自分と合わない人もいて、意見を言いたくなるだろうし、
       つらいこともたくさんあると思うのに、母は私達にけしてそれを見せなかった。

       いつも「あの人は、こう思ったんじゃない?」
       「あの時は、こういう状況だったんじゃない?」って相手を思いやった。

       例えば制度に対する批判や意見はきちんと直接伝えてすごいなと思ったけれど、
       人に対していつも優しかった。

       大阪生まれの母は漫才が大好きで、自分がコケるのが当たり前。
       関西人の格好良さはここだと思う。


       もうひとつ、「ひとはひと」「加苗は加苗」と育ててくれたこと。
       誰かの真似はさせてくれなかったけど、そのことはいつも自分らしくいる心地よさを教えてくれた。


       残念ながら私は母ほど強く優しくはなれなかったけど、
       いつも周りの人と幸せな気持ちで接することが出来るのは、母がそれを教えてくれたおかげだ。

       相手と自分を尊重する気持ち。

       そのことをいちばん感謝しています。



       なぜだか母の記憶は、小学生のころのものがいちばん印象深い。

       ということは娘たちも、今の私の姿をずっと焼き付けて生きていくのか。

       私も「母」、がんばらなきゃ。


       全く親孝行を出来ていないことを申し訳なく思いながら、
       久しぶりに実家に帰ってまたのんびりしている娘より。

       これからはつらいことも、たまには打ち明けてね。

       お母さん、いつもありがとう。

      2013.06.22 Saturday

      Emi

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        久しぶりに晴れて気持ちがいい。
        土曜日は洗濯機を回さない、って決めていたけど思わずタオルを放り込む。
        雨の日はきらいじゃないけれど、
        空が晴れるだけで心も晴れるのが人間という生きもの。

        昨晩は、NY行きのための英語レッスンをしてもらって来ました。

        先生は、Emiちゃん。

        彼女は海外生活も長く、きちんと勉強もしていて、TOEICは満点級。
        話す姿はまるでネイティブ、すごく格好いい。

        でも私がどうしても、彼女に英語を教えてもらいたかったのは、それだからではない。

        彼女にも私にも、同い年の娘達がいる。
        赤ちゃんだった頃から、一緒にその成長を見守ってきた。
        見守ってきた、なんてえらそうに書いてみたけど、そんな余裕なんてないのが実情。
        弱音を吐きたくはないけれど、自分の思い通りには何も進まないのが子育ての時間。
        それを一緒にのりこえて来た大切な友人です。

        子供たちも、会うといつも大はしゃぎ!


        そしてEmiちゃんは、いつも私にたずねてくれた。

        「かなえちゃん、作品つくらないの?」

        「今、なにをつくっているの?」

        本当に、会う度に。

        私が何も言わなくても。


        いつも私にはフラストレーションがあった。

        自分が何も出来ないでいることに。
        子供と向き合う時間をとりたいというのも心からの気持ちだけど、
        それとは別の自分の中にある想い。


        誰かに会わせてくれるときEmiちゃんは私を、

        「アーティスト」って紹介してくれた。

        私はいつも、

        「作品をつくらないアーティストなんてどこにいるのか。」

        と自分を恥じた。


        でもほんとはすごく嬉しかった。

        「私は作品をつくってもいいの?」

        待っててくれるひとがいるんだ。
        応援してくれるひとがいるんだ。



        「アーティスト」

        この得体の知れない存在。

        一体何をもって、アーティストというんだろう。
        ただ作品をつくればいいだけじゃないだろし、そう名乗るのはかなりの勇気がいる。

        「自分の作品は果たしてこれでいいのか?」

        そう思いながらつくりつづける人が、世の中にはどれだけいるのだろう。

        「アーティストなんて幸せなの?」ってきかれたこともある。

        なぜか「なんて」がつく。



        でも私は、つくりたいんだ。

        つくって生きる以外に、やりたいことがない。

        だから私は決めた。

        「アーティストになる。」

        一体いつ、どうすればなれるのかわからないけど、

        「なりたい。」って言う。

        臆することなく。



        NYで個展をするためのプレスリリースや経歴、アーティストステートメント、
        すべてEmiちゃんが訳してくれました。
        それから題材とする絵本の英訳も。
        まるで自分のことのように親身になってくれた。

        Emiちゃんだけでなく、家族みんなで応援してくれるT家。
        そばに居てくれることが、まるで奇跡のようだ思う。

        英語入りのfacebookページをつくれたのも、ぜんぶEmiちゃんのおかげだよ。
        https://www.facebook.com/KanaeItoWorks

        本当に本当にありがとう。
        2013.06.16 Sunday

        ずいぶんプライベートなことだけど

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          こんな風に作品をつくっていると、
           「小さなころから絵を描くのが好きだったの?」
           と聞かれることがある。

          そういえば保育園では、地図(平面に描かれた地球儀みたいなものだったと思う)を、
           いかにくっきりとムラなく色分けして塗るかという作業が好きだった。
           それから、赤、青、黄を混ぜると何色になる?と、コップに入った色水をまぜる実験コーナーに入り浸っていた。

          でも学校では、どうしていいのか分からずに絵を描いていたという記憶のほうが強い。

          「かなえさんのお部屋はきっとすごく素敵なんでしょうね。」
           と言われることもある。
           これについてはいつも穴に入りたいような気分。
           私の部屋はいつも隙だらけ。
           なんとなく好きなものを集めているけれど、こだわりがないし、
           そもそも飾る(美しく整える)前に片付けるのに必死。

          高校生の頃はじめて親友の家に遊びに行ったとき、そのきめ細やかに統一されたインテリアに、
           手作りのクッションカバーや本棚にさりげなくかけらた布のセンスの良さに、
           ものすごいショックを受けた。
           私は家に帰るなり真似をした。
           でもそれは、すべてのものを真赤な布でくるむ、掛ける、または敷くという単純さ。
          その時は赤が大好きだったから。
           今思い出すと頬まで赤くなる。

          父は技術者で、家の中には父なりの工夫をこらした仕掛けというか装置というようなものが、ここかしこに散りばめられていた。
          それは美しさを求めるものではなく、機能を満たすためのかたちをしていた。
           いちばん大切なのは、暮らしの中にある問題を解決出来て、便利であること。
          デザインという概念はない。
           私には美術やデザインの素養が全くなかった。

          でも私の家にはいつも、「音楽」があった。

          朝ごはんの時、黒い小さなラジオからはクラシックがゆるやかに流れていた。

          父の部屋からは、穏やかで楽しい音楽が聴こえてきた。

          日曜日、町の合唱団で唄うのをいつも心待ちにしていた。

          夜は、クリスチャンの友達の日曜学校にくっついて行って、
           賛美歌を歌うこと(あとそこで小さなプチケーキをもらうこと)を楽しみにしていた。

          家族で出かける時には、父のチョイスしたテンポのよいドライビングミュージックで、目的地まで走った。
           長い道のりに飽きると私達兄妹三人は、いつも「歌しりとり」をした。
           一曲歌ったら、つぎの人がその最後の一文字からはじまる歌をうたう。

          小学校の音楽室までの廊下は、わくわくとする道のりだった。
           今日はどんな歌を唄うのか、どんな楽器をさわらせてもらえるのか。
           5年生のときにやってきた音楽の先生はものすごく厳しく一生懸命で、
           今思えば理不尽に感じる出来事もいくつかあったけど、私にはそれが刺激的だった。

          そして私は毎日、ピアノを弾いていた。

          学校から帰ると、まずピアノに向かう。
           新しい曲にチャレンジするのはいつも楽しかった。
           むずかしいフレーズは、納得するまで繰り返し弾く。
           一曲仕上げて、通して弾いたときの達成感。
           それは私にとって、当たり前の日常だった。

          思春期になり、周りから「音大」という言葉が囁かれはじめたとき、私は息苦しくなった。
           ピアノをなんのためにやっているのかと言うことを、考えたことがなかったから。

          暗い部屋でピアノを教えることも、長いドレスを着てクラシックピアノを弾くことも、
           自分の道ではないと思った。
          誰かに決められた誰かの道であると思った。

          そして県のコンクールに出ることを条件に、私はピアノをやめると宣言した。
          ドビュッシーの「雨の庭」。
          結果は金賞だった。

          父の淋しそうな姿を横目に、
           私は晴れ晴れとした気持ちでピアノをやめた。

          ちょうどその頃、テレビで今井美樹さんが、インテリアコーディネーターに扮するというドラマをやっていた。
           ドラマの名前は思い出せない。

          世の中にはこんなに格好いい仕事があるんだ!
           電撃をうけた私は、これになりたい、なろう、と決心した。
          親友が美大を目指していたことも、その夢を現実的なものにした。

          そのことをに父母に告げると、ふたりはさっぱり分からない、という顔をした。
           でもあの手この手で説き伏せて、私はその道を目指すことを許してもらった。

          そうして飛び込んだデザインという世界は、私が考えもしなかったような視点に溢れていた。
           そのことが新鮮で、おもしろくてたまらなかった。

          先生に「君は淡白だからやめたほうがいい。」と言れたこともある。
           でも自分に出来ないことに挑戦するのに、やりがいを感じた。

          そうして私は大学に入った。
           サークルは何か音楽でもと思っていたら、友達がジャズ研に誘ってくれた。

          でも私はほとんどピアノにさわらなかった。
           ジャズのコード進行はちんぷんかんぷんで、アドリブができるほどの瞬発力もない。
           はじめて親元を離れての自由な暮らし、友達と遊ぶことのほうが楽しかった。

          それより何よりも、今がんばらなければいけないのはデザインだ、といつも自分に言い聞かせていた。
           課題をないがしろにしたことは一度もなかった。
           いつも自分に出来る最大限を目指した。

          そうしているうちに、いいね、と言ってもらえるようなものを作ることが、いつの間にか出来るようになっていた。

           仕事も楽しかった。
           出会いもたくさんあった。

          でもいつも私は葛藤していた。

          「私は考えすぎている。」

          音楽は、圧倒的だった。

          考える余地もなく、身を包み込む。
           こんなにすごいもの、私には作り出せない。
           一体自分は何を届けたいのか。

          その思いはいつも、私につきまとった。

          それで私は決めた。

          「それなら音楽を表現してみよう」

          でもそんな大それたこと、果たして出来るのか?

          音楽は、人によって違うもの。
           ジャンルについても全くいろいろで、詳しい知識は何もない。
           でも、心を捉えて放さない音楽が、誰にも一曲はある。
           そんなものを一度でも、作りだすことが出来たなら。

          父はいつも、私に音楽をきかせてくれた。
           もし私の感受性を育ててくれたものがあるとしたら、それは音楽だ。

          「なんで加苗がデザインなんだ。」

          父のこの言葉は今でもリフレインする。

          もしあの時、音楽が広い世界に繋がっていると知っていたら、私はピアノをやめなかっただろう。
           ちょっと惜しいことをした、もっと突き詰めてみたかった、とも思う。

          でもそれは消して無駄にはなってない。
           今になって分かる。

          音楽はいつも、私を幸せにしてくれる。

          もう指は全く動かなくなってしまったけど、身体に響いてくるピアノの音は、
          何も心配することなく毎日を過ごしていた少女時代を思い出させてくれる。

          いつかアトリエを構えたら、私はそこにグランドピアノを置く。
           つくって弾いて、弾いてはつくる。

          たまにそこに友達がやってきて、音楽を奏でてくれたらいいな。
           それをみんなで聴けたら、もっと幸せ。

          お父さん、本当にありがとう。
           私にたくさんの音楽を聴かせてくれたこと。

          どうしてそんなに頑固なの?って思うけど、その血は確実に私の中に。
           ぶつぶつといいながら、いつも好きなことを応援してくれた。

           心から感謝しています。

           

          ずいぶんプライベートなことを書いてしまいました。
           でも今日は父の日だから。

          2013.02.06 Wednesday

          モリソンとチッチ

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            ニューヨーク個展ピンチのお話をしたら、
            皆さんが応援してくれてメッセージを頂いたり、本当に感激しています。
            ありがとうございます。
            たくさんの情報や温かいお気持ちを頂いて、
            ニューヨークがぐっと身近に感じられるようになっています。
            どんな素敵な出会いが待っているのか、渡航が益々楽しみです。

            さて今回は、モリソンとチッチのお話を。 

             
            昨年の丁度クリスマスの頃、モリソンの主宰する"special source"の新しいアトリエギャラリーがオープンして、娘ふたりを連れて遊びに行ってきました。

            モリソンは私が大学を卒業してすぐに就職した家具屋さんでお世話になった先輩で、鉄のアーティストです。
            「鉄」というとハードなイメージがあるけれど、モリソンの作品はまるで魔法がかけられたみたいに優しい表情をしています。

            そしてそれは作品のみにとどまらなくて、内装のデザインや施工までやってのけてしまうのです。
            写真にある什器もテーブルも、壁や窓枠も、すべてその手により生み出されたもの。
            テラスには作品を運び出す為のお手製のエレベーターまで!!

            ひっそりと佇む植物の一瞬をとらえた作品は、大好きなシリーズです。
            「人の手ってすごい。。。」
            はぁ、溜息が出ます。
            いつか広い玄関に、ぽつんと存在感を持って飾ってみたいなあ。(すっきりと片付けるスキルも身につけて)
            個展に行くといつも、ハッと惹き寄せられるものには既にシールが。。
            一番乗りで行かないといけません。

            そしてモリソンの作品の中に、そっと花を添えるチッチの作品。
            繊細で可愛らしくて、まるでチッチそのもののよう。
            すごく自然に溶け込んでいます。

            私は普段、もっと優雅に暮らせるようになるための(?)実用書ばかり読んでしまうのですが、
            そんな事は吹っ飛ばして、古い物語や歴史書を読み耽っていたいような気持ちになりました。

            アトリエは今後、ギャラリーとして、毎月第二週の週末にオープンするそうです。
            2月はちょうど今度の三連休です。

            娘達といえば、こんなに素敵な空間に居ても並べられたお菓子に行ったり来たり。
            駐車場のジャリの中から1円玉を見つけて大はしゃぎ。

            でも彼女達なりに、その神聖な空間を堪能していました。
            興奮気味で車に乗り込んだ帰り道、
            長女「チッチって可愛いね!ママなんでお友達なの??」
            「モリソンはなんでモリソンなの!?」
            次女「モリソンじゃないよ、もりさんでしょ!」
            こどもって自由でいいなあ。

            かつて働いた家具屋さん、私はほんの少ししかいられなかったけど、
            その間にたくさんの素敵な出会いがありました。
            この時の経験がなければ私は今、
            自分で何かをやってみようと思うことも、ミシンを踏むことさえなかったと思う。
            出会いって面白いな。
            モリソンHP
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